第五章 方向転換の指針と行動の概要
182−201
V 意志決定における対話と透明性
182 環境影響評価(アセスメント)
新規の事業やプロジェクトの環境アセスメントには、自由な意見交換をともなう透明な政治的手順が必要である。 183 環境アセスメントの実施 環境アセスメントが、事業計画あるいはここの方針、構想、企画が策定されてから実施されることがあってはならない。それは最初からプロセスの一部でなければならない。 それは、労働条件についての、また人々の心身の健康や地域経済や治安に及びうる影響についての調査と連携していなければならない。 話し合いの席では、地域住民が特別の位置を占めなければならない。 184 環境リスク さまざまな可能な選択肢の決定が、予想される危険と利益の比較に基づくものでなければならない。 185 環境アセスメントに優る基本的権利 新規事業に関する討議において、優先順位の高い問いがいくつかある。それは、例えば水のような人権の行使の前提となる基本的権利である。 186 弱い立場の人を守る予防原則 客観的情報が、深刻で取り返しの付かない損傷の生じる可能性を示唆するなら、決定的な証拠がなくてもプロジェクトは中止、あるいは修正されるべきである。 187 利益は唯一の基準にはなり得ない 利益は、考慮すべき唯一の基準にはなり得ず、また、重要な新しい情報が明るみに出たときは、全関係者参加の下で、再評価が実施されるべきである。 188 教会の思い 教会は科学的な問題を解決したり、政治家の代わりを務めたりすることが自分の任務であるとは思っていない。ただ、個々の利害関係やイデオロギーによって共通善が損なわれないようにするための、正直で公明正大な討議を奨励しようと気をもんでる。 自然を守り、そこに住む人々のいのちと生活を守るためには、自由な対話と透明な政治手順が必要である。利益追求のための環境アセスメントではなく、自然と住民を守るためのアセスメントでなければならない。 W 人類の幸福に向けた対話における政治と経済
189 いのちに向けた取り組み
共通善への観点から、政治と経済はいのち、とくに人間の生に資する対話に参加することが必要である。 190 環境保護の困難さ 「環境は市場の力で十分に保護したり、奨励することの出来ない財の一つ」 利益だけが価値あるものとされるところでは、自然のリズムや自然の衰亡と再生の諸局面について、あるいは人的介入によってひどく攪乱されるかもしれない生態系の複雑さについて、考えることなどあり得ない。 物事の真価、人や文化にとっての資源の重要性、あるいは貧しい人々の不安や必要について真剣に考えなければ、生物多様性は、せいぜい利己的に利用するための経済資源の保管所と見なされるにとどまる。 191 生産と消費のペースの減速 生産と消費のペースの減速は、時に別様の進歩と発展をもたらしうるとの確信を育てなければならない。 天然資源の持続可能な使用を促進する取り組みは、無駄な出費ではなく、むしろ地域的に別の形の経済的恩恵をもたらしうる投資である。 192 創造的で適切に方向付けられた生産活動 より創造的でより適切に方向付けられた生産活動は、消費のための過度の技術投資と、人類家族の前に立ちはだかる喫緊の諸問題解決のための不十分な投資との間にある格差を正すことが出来た。 193 成長の抑制 理にかなった何らかの制限を設け、また手遅れになる前に、歩んできた道を再検討してでも、成長の抑制を考えることが必要である。 194 グローバルな発展モデルの変革 新しい進歩モデルの登場には、「グローバルな発展モデル」の変革が必要であり、それには「経済の機能不全と乱用の是正を視野に入れながら、経済の意味と目的」について責任ある反省が不可欠である。 それは進歩に対する私たちの考えを定義し直す事である。 195 利益最大化の原則 生産が増大してさえいれば、それが未来の資源や健やかな環境を犠牲にしていることには、少ししか関心が向けられていない。 196 政治における補完性の原理 (その原理は)一方で、社会のあるゆるレベルに存在する能力を伸ばす自由を与え、他方で、より大きな権限を行使する人々には共通善へのいっそう重い責任感を要求する。 197 必要とされる政治 真の変革のための戦略は、その全般においてプロセスの再考を求めるが、それは、今日の文化の根底にある考え方を問題にしようとしないままの、表面的なちょっとした環境への配慮だけでは不十分である。健全な政治は、こうした課題に取り組めるようでなければならない。 198 政治と経済の一致 政治と経済が貧困と環境悪化を扱うとき、互いに非難し合うのではなく、双方が、自身の誤りを認め、共通善に向かうさまざまの相互作用を見出すことが望まれる。 政治と経済が、真に自然と住民の生命と生活を守るために、意識の変革と一致協力が必要である。その意識改革とは、進歩と発展・開発に関する価値観の変革と共通善への追求である。 X 科学と対話する諸宗教
199 倫理原則
理性で理解出来る倫理原則は、いつも異なる装いで繰り返し姿を見せるもので、宗教的言語を含むさまざまな言い回しで表現されうるものである。 200 信仰者の行動規範 私たちが自らの行動規範を誤って解釈し、自然の乱用を正当化したり、被造物に対して横暴に振る舞ったり、戦争や不正や暴力行為に手を染めたりすることがあったのであれば、それによって私たちは、自分たちが守り保つように招かれた知恵の宝に不忠実だったと認めなければならない。 201 対話の海へ 生態学的危機の深刻さは、わたしたち皆がこぞって共通善に心を砕き、「現実は理念に勝る」ことを常に心に留めながら、忍耐と自己鍛錬と広い心が求められる対話に海へと漕ぎ出すよう求めている。 科学の発達は、科学と宗教の間の距離を急速に縮めてきつつある、と言われている。科学は宗教に対して違和感を感じること無く、また、宗教は科学に対して恥ずかしい思いをしなくても良くなってきている、という。 今こそ、私たちの家であるこの地球とそこに住むもののいのちと安心安全を守るために、宗教と科学の対話が必要である。 |