第三章 生態学的危機の人間的根源

115−123


V 近代の人間中心主義の危機と影響


115 人間中心主義による人間疎外

 近代の人間中心主義は、皮肉にも、現実よりも技術的思考を重視するところに行き着いてしまった。
 そのために、人間はこの世界で占めるはずのしかるべき自分の場所を見失ってしまった。

116 神から与えられた支配の意味
 理解の共有と社会的絆を強化するあらゆる努力こそ、個人と社会がより健全で実り豊かな発展を遂げていくための条件である。
 キリスト教が提示する人間と世界に関する、いわゆる宇宙に及ぶ私たちの「支配権」は、責任ある世話役の意として理解されるべきである。

117 絶対的支配権の恐ろしさ
 自然が被った汚染や破壊、また、人類が環境に及ぼす影響を調査することをやめるなら、自然そのものの叫びを聞くことが困難になる。そして、被造物に対し、絶対的支配権を振るうようになる。

118 人間性の刷新
 人間性の刷新なしに、自然とのかかわりを刷新することは不可能である。適切な人間論なしのエコロジーなどあり得ない。
 認識や意志、自由や責任という、人間に固有の能力の存在と価値が同時に認められなければ、世界についての責任を感じ取るよう人間に期待することは不可能である。

119 人類の人格間のつながり・関係の重要さ

 他者及び、神との関わりから隔絶した環境との関わりなどあり得ない。

120 人工妊娠中絶は正当化出来ない
 自然保護は、人工妊娠中絶の正当化とも相いれない。

121 現状を克服する
 自然に対するここ数百年の間違った議論を克服していかなければならない。そのために、変化する歴史的状況との実り豊かな対話が必要である。

実践的相対主義

122 相対主義が環境悪化と社会崩壊をもたらす。
 今の時代に典型的な実践的相対主義 : 人間が自分自身を中心に据える時、人間は刹那的な利便性を何よりも優先し、他のすべては相対的なものになる。
 自分の利害に沿わないものはなんであれ、無用なものと見なす相対主義が、環境悪化と社会崩壊をもたらす。

123 相対主義がもたらすさまざまな弊害
 相対主義は、自分自身の欲望やその時その場の必要を満たすこと以外に、客観的な真理や信頼に値する原理を持たない。
 環境に悪影響を及ぼす行為を防ぐには、政治的な取り組みや法的な強制力では不十分である。


 私たちが罪を呼んでいるエゴイズム・利己主義は、今や政治、経済、社会生活、等さまざまなところで猛威を振るっている。エゴイズムは自分が世界の中心であり、自分以外のものは自分にとって役に立つか、あるいは、利益になるかでその価値を決めていく。
 この自分中心、人間中心とそこから派生する相対主義が環境破壊や地球破壊を引き起こしている。この罪からの脱却は、どのようにして可能なのか、それが私たちに問われている。