四季と二十四節季


  今年は例年になく寒い日がつづき、東北や日本海側では記録的な大雪に見舞われている。このような寒さの中、今年の節分は2月3日、立春は翌4日をむかえる。立春は太陽の位置で決まる(太陽が黄経315度に達したとき)。立春というとこれから春、という感じであるが、「立」は兆しを現し、寒さがもっとも厳しい時を経て、少し寒さが和らいでくるその兆しを言う。だから、立春とは「これから春に向かいますよ」という初めの日である。
 ちなみに、節分とは一つの季から次の季に変わる変わり目−節を分ける−を言う。本来は一年に四つの節分があるが、冬から春の節の分け目があまりにもうれしいので、立春の前日の春の節分だけが大きく取り上げられることとなった。だから、「鬼は外、福は内」は本来「冬は去れ、春よ来い」という意味なのだろう。
 旧暦では一年を4つの季−春夏秋冬と24の節に分ける。一つの季は3ヶ月で、それを15日ごとに6の節に分ける。たとえば、2012年は、立春の後は2月19日が雨水(雪が雨に変わり、雪を溶かし始める)、3月5日が啓蟄(土の中の虫たちが啓(ひら)いて顔を出す)、そして、3月20日が春分(太陽が黄経0度に達したとき)になる。

 この旧暦は中国から伝えられたものであるが、この四季二十四節は日本の気候風土とぴったり合致し、そこで生きている人々の自然に対する心情を細やかに育てていった。十五日間の気候とそれに準じたこの大自然の変化の有様は、よっぽど繊細な目で、注意深く見なければ分からない。
 二十四節に見るように、15日でこの大自然のかすかなうつろいを感じ取っていくその感受性は、対人間関係にも大きな影響を与えていった。自然の動きを敏感に感じ取っていくその心は、他人の動作や言葉を深く覚り、他人への理解と思いやりという人間関係を形作っていった。「1を聞いて、10を悟る」というのは、日本人だけではないだろうか。私が今まで接したきた外国人のほとんどは言葉の問題もあるかもしれないが、1を悟ってもらうために10を話さなければならないのだ。
 世界中の人が驚嘆したあの東日本大震災で見せた被災者たちの互いに支え合い、守りあう姿、また、帰宅難民となった東京の人々の整然とした姿は、この日本の風土が人々に与えてきた大きな大きな恵みを感じさせる。
 気候風土がそこに住む人々の性格や人間社会の有り様を決定づけていくことは、砂漠の民やアラスカの人々、遊牧民族や農耕民族などを見れば明らかである。良い悪いの問題ではない。いやおうなしに環境に適応していかなければならない。それが地球の上に住むということなのである。
 
 日本から四季がなくならない限り、日本人のこのすばらしい性格はそう変わることはないと思っている。